Tech カテゴリのイメージ

台風予測AIはどこまで当たる?進路・強さの予測精度と気象庁・欧州の現在地

台風予測AIは、すでに研究室だけの技術ではない。欧州ではAI気象モデルが現業運用に入り、日本でも有料アプリを通じて物理モデルとAIモデルの予測を見比べられる。農家が台風対策の判断に気象アプリを使う事例もある。

ただし、「進路が当たる」と「強さが当たる」は別問題だ。現在のAIは台風をどこへ運ぶ大規模な気圧配置の予測を得意とする一方、眼の周辺で急激に変わる最大風速や中心気圧の再現には苦戦している。AIが物理モデルを全面的に置き換えたわけでもない。

現在は何日先まで、どれくらい当たるのか

日本で防災判断の基準になる気象庁の台風予報は、進路と強度とも5日先までである。気象庁の2025年確定値では、中心位置の年平均誤差は1日先で66km、3日先で180km、5日先で512kmだった。2日先は104kmで、同予報の開始以降で最も良かった一方、4日先と5日先は予測の難しい台風の影響で近年より悪化した。

対象予報・予測期間公表されている精度または位置づけ
気象庁の公式台風予報5日先まで2025年の進路誤差は1日先66km、3日先180km、5日先512km
気象庁の強度予報5日先まで2025年の最大風速のRMSEは1日先4.9m/s、3日先6.7m/s、5日先7.5m/s
ウェザーニュース「進路予測Max」最大10日先独自観測と各国モデルを用いた会員向け予測。公式警報ではなく早期判断の材料
ウェザーニュースPro「台風可能性」15日間台風が発生する可能性を把握する情報。個々の台風の確定的な15日進路ではない
ECMWF AIFS Ensemble15日先まで52メンバーで不確実性を表すAIアンサンブル。研究・予報支援用の全球予測

ここで注意したいのは、予測期間が長いほど「使える精度」が同じまま続くわけではないことだ。5日先で平均512kmのずれがあるなら、一本の線を予定表のように読むことはできない。複数シナリオの広がりを見て、資材の固定や収穫時期の前倒しを検討するための時間を買う情報と考える方がよい。

ウェザーニュースの有料予測は農業でも使われている

ウェザーニュースの有料会員向け「進路予測Max」は、独自に集めた観測データと各国の気象モデルをもとに、熱帯低気圧の段階から最大10日先までの進路を表示する。PC版のウェザーニュースProでは、ウェザーニューズ独自予測に加え、物理モデル、AIモデル、アンサンブルモデルを最大24本比較できる。

したがって、「ウェザーニュースが一つの台風AIを作り、その答えだけを販売している」と捉えるより、独自予測と国内外の複数モデルを有料画面で統合し、不確実性を比較できるようにしている、と表現する方が実態に近い。

農業での利用も机上の想定ではない。ウェザーニューズは農家・農業法人向けサービスの導入実績として、ビニールハウスの大雨・強風対策、畑の台風対策、農薬散布、生育管理を挙げている。台風が接近してからでは、収穫、ハウスの補強、機械の退避を一度に終えられない。予測の価値は「進路をぴたりと当てること」だけでなく、対応を始める期限を早く知らせることにもある。

進路より強さの予測が難しい

台風の進路は、太平洋高気圧や偏西風など、周囲の大きな流れに強く左右される。全球AIモデルは過去の大気の変化からこの大規模な流れを学ぶのが得意である。

一方、強さは台風の眼と眼の壁雲、海面水温だけでなく海洋内部の熱、鉛直方向の風の差、雲の発達、海との熱交換など、小さく速く変わる現象に左右される。特に急発達は難しい。気象庁の検証ページも、中心付近の気圧や暴風を数値予報モデルだけで精度良く予測するのは難しく、進路ほど明確な改善が見られなかったと説明している。

2025年の最大風速予報のRMSEは、1日先4.9m/s、3日先6.7m/s、5日先7.5m/sだった。たとえば5日先の7.5m/sは時速に直すと27km/hに相当する。ただし、これは多数の予報誤差をまとめた指標であり、すべての台風が必ず±7.5m/sに収まるという意味ではない。

全球モデルの解像度では台風の内部まで捉えにくい

たとえばECMWFが2025年に現業化した初代AIFSは格子間隔28kmである。2026年にECMWFが公開した解説でも、約0.25度の格子では台風の内部コアを十分に解像できず、強度を弱く予測しやすいことが課題とされた。日本の気象庁が運用する物理ベースの全球モデルGSMは水平解像度約13kmであり、こちらも台風の眼の細部を一つ一つ直接描けるほど細かくはない。

解像度を上げれば計算量が急増する。さらに、格子を細かくするだけで、雲や海洋との相互作用の表現が自動的に正しくなるわけではない。台風の強さでは、高解像度化、衛星や海洋観測の利用、物理過程の改善、AIによる誤差補正を組み合わせる必要がある。

ECMWFは2026年、AIFSの出力を別のAIで補正する試作「AIFS-TC」を報告した。未学習の2025年台風で、元のAIFSに比べて強度誤差を約3分の1へ減らし、最大風速の平均絶対誤差は約11ノットになったという。ただし、これはまだリアルタイム現業システムではなく、衛星画像や海洋貯熱量などの直接観測も使っていない。改善は大きいが、完成宣言ではない。

欧州の強さは「物理とAIの併用」にある

欧州中期予報センターのECMWFは、2025年2月からAIモデルAIFSを物理モデルIFSと並行して現業運用している。ECMWFの発表では、AIFSの台風進路は物理モデルに対して最大20%の改善を示した。AIは高速で、一回の予測に使うエネルギーも約1000分の1だという。

ただし、現在の高精度を「一つの完成したハイブリッドAI」が生んだと単純化するのは正確ではない。運用の中心は、9km格子の物理モデルIFSと、AIモデルAIFSを同じ初期値から走らせ、互いを補完させる方法である。ECMWFは物理モデルの大規模場をAIFSへ近づける実験的なハイブリッド予測も進めているが、現時点では並行運用と比較が土台である。

この構成には理由がある。AIは進路や大規模場を速く高精度に予測しやすい。物理モデルは台風の強度、局地的な極値、学習データに少ない異常現象でなお重要である。どちらか一方を勝者に決めるより、得意分野を分担し、複数の予測から不確実性を読む方が防災には向いている。

観測データから直接学ぶAIは物理モデルを超えたのか

GraphCast、GenCast、AIFSなど、現在の代表的なAI気象モデルの多くはERA5のような再解析データを学習する。再解析とは、観測値と物理モデルをデータ同化で組み合わせ、過去の大気を格子状に再現したデータである。つまり、AIは観測だけでなく、既存の物理モデルが整えた「教師」から学んでいる。

これに対し、Aardvark Weatherは衛星、地上観測、船、ラジオゾンデなどの生の観測から初期状態を推定し、そのまま予報までつなぐ。2025年のNature論文では、運用時に数値予報製品を入力せず、10日先までの気温と風で補正済みECMWF予報に匹敵する、または一部地域・予報時間で上回る結果を示した。

これは「観測そのものから学ぶAIの方が常に高精度」と証明したわけではない。Aardvarkも訓練前半ではERA5を利用し、全球格子は1.5度と粗い。論文の主な評価対象も気温と地上風であり、台風の急発達を現業精度で予測できると示した研究ではない。重要なのは、従来のデータ同化と物理予報を一体のAIへ置き換えられる可能性が見え始めたことだ。

気象庁のAI台風予測は2030年に「完成」するのか

気象庁もAI気象モデルの開発へ進んでいる。ただし、「台風進路予測AIが2030年に完成する」と決まっているわけではない。

気象庁は2026年から2030年をAI活用の強化期間とし、学習データ整備とAI気象モデルの本格開発を進める。気象庁長官会見では、AIモデルと既存の物理モデルを「両輪」で開発する方針が示された。台風情報についても、2030年頃へ向けて進路・強度の精度向上、風分布の詳細化、予報間隔の細分化などを順次実現する計画である。

したがって2030年は、単体の台風AIの納期というより、AIを含む予測基盤と台風情報を段階的に高度化する政策上の節目である。予報の現業化には、平均精度だけでなく、極端な事例、計算の安定性、説明可能性、障害時の代替手段まで検証しなければならない。

現時点での答え

台風予測AIは、進路についてはすでに実用段階に入った。欧州のAIFSは現業運用され、ウェザーニュースの有料サービスでもAIを含む複数モデルを比較できる。日本の公式予報は5日先までで、2025年の平均進路誤差は1日先66km、3日先180km、5日先512kmだった。AI研究では10日から15日先まで計算できても、遠い将来ほど不確実性が広がる。

次の難関は強さである。約25〜28km級のAI全球モデルでは台風の内部コアがつぶれやすく、急発達や最大風速を弱く見積もりやすい。高解像度の物理モデル、直接観測、AI補正をどう組み合わせるかが競争の中心になっている。

台風予測を使ううえで重要なのは、AIか物理かを当てることではない。1本の進路線へ賭けず、複数モデルの幅、予報円、更新ごとの変化を見ながら、避難や設備の保全、交通・物流、農作業など、早めの判断が必要な行動へつなげることである。台風予測AIの現在地は「未来を言い当てる機械」ではなく、「不確実な未来に備える時間を増やす道具」だ。

※避難や警戒の判断では、AIモデル単独の出力ではなく、最新の気象庁・自治体の防災情報を確認してください。